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津奈木町での3年間を振り返って

​隊員

木下 祐介

​掲載日

2026年7月31日

津奈木町地域おこし協力隊として、つなぎ美術館を拠点に活動してきた木下さん。現代美術のアーティストでもある木下さんは、美術館での業務を中心にしながら、地域部活動など様々な活動を行ってきました。

 話を聞いて印象的だったのは、地域との関わり方に大きな気負いがないことです。場所に自然と顔を出し、人と話し、気づけば町とのつながりが広がっている。そんな木下さんの自然体の関わり方から、津奈木町での3年間を振り返ります。

 

 

―― まず、木下さんが津奈木町の地域おこし協力隊になった経緯を教えてください。

 

 私は熊本市出身で、大学は熊本市内にある美術系の大学を卒業しました。その後はしばらく東京で現代美術のアーティスト活動をしていたのですが、コロナ禍で活動が難しくなり、一度実家に帰りました。ちょうど東京での暮らしもしっくり来ていないと感じていたところだったので、いいきっかけだったと思います。


木下さんの作品《Citrus Current-SHIRANUI》
木下さんの作品《Citrus Current-SHIRANUI》

そして熊本で働こうと思って、美術館で働いてみたいと思っていました。そんなときに、津奈木町の地域おこし協力隊としてつなぎ美術館で働く募集を見つけました。

 実は学生時代につなぎ美術館のプロジェクトにかかわったことがあり、津奈木町にも何度か来たことがありました。私が生まれ育った熊本の市街地は海が遠く、海へのあこがれみたいなものもあって、学生のころから津奈木町に行くことを楽しんでいました。特に赤崎地区の海沿いの光景などは印象に残っていて、そういうものもあってつなぎ美術館で働きたいと感じ、地域おこし協力隊になりました。



赤崎地区にある旧赤崎小学校。海の上に建てられた、非常に珍しい学校。2010年に閉校したが、2026年現在も地域の象徴としてその校舎は立入禁止ながら残されている。
赤崎地区にある旧赤崎小学校。海の上に建てられた、非常に珍しい学校。2010年に閉校したが、2026年現在も地域の象徴としてその校舎は立入禁止ながら残されている。

―― 普段はどのような活動をされていらっしゃるのでしょうか。


 私のミッションは「アートプロジェクト推進業務」です。具体的には、週4日程度、つなぎ美術館で勤務しているほか、イベントの企画等もしています。美術館では学芸アシスタント的な業務が中心で、展示物の管理や、アートプロジェクトのサポートなど、補助的な業務を行っています。私自身、そういった業務に興味があってこの仕事に就きました。

 ほかにも、アーティスト・イン・レジデンスの対応も行っています。アーティスト・イン・レジデンスとは、地域外からアーティストに滞在してもらって、そこで作品制作をしてもらう活動です。津奈木町は10年以上この取り組みを行っていて、特に2024年からは台湾のアーティストの方に来てもらっています。そういった方を、時には翻訳機も使いながら、町とつなげたり、制作環境を整えるようなお手伝いをしています。

 さらに、地域おこし協力隊としての活動の傍らで、現代美術のアーティストとしても活動をしています。今年の5月には、他の津奈木町に関わりのあるアーティストの方2人と合同で屋外展示会『潮目』を開催しました。


旧赤崎小学校校庭会場
旧赤崎小学校校庭会場

また、地域とつながるような活動として、ワークショップを開催したり「つなぎ美術部」を立ち上げたりもしました。



―― 「つなぎ美術部」とはどういったものなのでしょうか?


 簡単に言うと、「地域部活動」です。津奈木町内唯一の中学校である津奈木中学校には、美術部がありませんでした。そこで美術館と連携して、「地域部活動」として美術部を作れないか、という発想が生まれました。美術館としても、町民が美術館やアートに触れる機会を増やしたいという課題があり、これらがつながったことで生まれました。

 活動としては、作品の制作を行って、つなぎ美術館で展覧会を開いたり、町のイベントに出展して体験ブースを開いたりしてきました。


なぎ美術部成果展「つなぎ映画館」設営作業
なぎ美術部成果展「つなぎ映画館」設営作業

―― ワークショップを実施したり、部活動を作ったりするのには、地域の方との関わりみたいなものが大切なのではないかなと思うのですが、そういった関わりは美術館での活動の中でどのように生まれていったのでしょうか。

 

 つなぎ美術部を立ち上げるにあたっては、婦人会の方々が地域との接点を作ってくれました。婦人会の方々は美術館のスタッフとして入っていただいていて、そのつながりでいろいろ紹介してもらったりしました。

 また、美術館の隣にある「つなぎ百貨堂」で月に1回朝市が行われていて、それに顔を出したりして覚えていってもらったというのもあります。

 

 

―― 地域の方々と関わる中で、大変だったことや印象に残っていることはありますか?

 

 そうですね……。婦人会の、特にリーダー的な方から、いろいろ言われたりすることもあります。最初はなかなか私のやりたいことがわかってもらえなかったのですが、そういった方でも何度も話をして、だんだんと理解してもらえるようになってきました。そしてその実現のために、人を繋いでいただけるようにもなりました。

 これに限った話ではないですが、ちょっと難しいところで、美術館での活動が必ずしも住民や役場職員の方にすぐには理解してもらいづらいと感じています。時には「美術館のことばかりしている、もっと地域のために活動してほしい」というふうにみられることもありました。

 アートに興味がある人は、地域の中では決して多くありません。だからこそ、アートだけで何かが変わるとは考えず、周りの方々の声を聞きながら、自分の活動が町にとってどういう意味を持つのかを考えるようにしていました。

 

 

―― お話を伺っていると、自然と地域とのかかわりが増えていったように感じます。

 

 そうですね。私自身、頑張って地域に入り込んでいったという感覚はあまりありません。わりとやりたいことをやらせてもらったな、という感覚です。

 とはいえ、朝市やお祭りなどの町内イベントには毎回顔を出していましたし、去年は消防団にも入っていました。こういったところで顔を見せておくと、地域の方からの見え方も違うのかもしれません。

 

 

―― 木下さんから見て、津奈木町はどんな町ですか?

 

 海が近くて落ち着いている、という印象です。津奈木町は八代海に面しています。内海なので波が穏やかで、とても静かな海です。私の今住んでいるところからも海が見えるのですが、それを見ていると心が落ち着きます。

 また、町がコンパクトなことも特徴です。物理的にもですが、精神的にもコンパクトで、すぐに人を繋いでもらえるなと感じました。子供があいさつをしてくれるのも印象的です。人によるとは思いますが、私は「こちらが入り込もうとすれば受け入れてくれる町」だと感じています。

 町自体がコンパクトというのもありますが、さらに隣の水俣市まで近いというのも特徴で、水俣市にある新水俣駅まで車で10分ほどでつくというのは結構便利です。特に私は実家が熊本市内にありますが、急ぎの用があっても新幹線ですぐに戻れたりするので、自然が豊富で田舎だけど、そういった点ではかなり便利だと思います。

 

 

―― 津奈木町で暮らすことは、木下さんの作品制作にも影響していますか?

 

 大いに影響しています。こちらに来てからは津奈木町をテーマにした作品を制作するようになりました。町内で採れたものでアートを制作しています。

 私の好きな場所が三つあって、「三ツ島海水浴場」と「中尾水源」、「古中尾水源」です。三ツ島海水浴場は小石が多い浜(れき浜)で、ここで採取した石を作品制作で使うこともあります。



三つの小島が見えることから『三ツ島』海水浴場。
三つの小島が見えることから『三ツ島』海水浴場。

また、中尾水源、古中尾水源はどちらも古くから使われている水源地で、とても雰囲気がいいです。アーティスト・イン・レジデンスで訪れるアーティストの方にも紹介すると好評で、アーティストにとっては魅力のある場所だと思います。

 町の人にとっては日常の中にある場所でも、外から来たアーティストにとっては制作のきっかけになる。そういう場所が津奈木にはあると感じています。

 逆に、津奈木町としては水俣病の被害地でありながらも水俣ではない、ということは意識して作品制作をしています。この町にはこの町の歴史があり、文化があり、人がいます。そういったものに作品を通して光をあてられたら、と考えています。



―― 今後の展望があれば教えてください。


 私の任期は7月末までで、そのあとは津奈木町と他地域の二拠点生活を考えています。

 6月29日から7月12日まで、つなぎ美術館でつなぎ美術部の展示があります。そのあとの7月18日から8月23日までは、私の個展をさせていただきます。これは地域おこし協力隊としてではなく、現代美術家である私が個人的に行うもので、津奈木での制作をもとにした個展になります。

 そのあとは、大学院に行きたいと考えています。

 そもそも、つなぎ美術館自体はすでに専門の学芸員の方がいて、学芸員として卒隊後も残ることは難しいです。学芸員の方も「つなぎ美術館から羽ばたいていってほしい」とおっしゃっており、それを考えて、大学教員を目指したいと思いました。そのためには(現在取得している修士号だけでなく)博士号まで取得したいので、今はその方向で考えています。

 将来的には大学の教員として、若い学生たちを津奈木町へ連れてこられるようになれば面白いなと思っています。

 また、今後の作品制作も津奈木をテーマにしていくつもりです。そのためにも津奈木に拠点を持ちたいと考えていて、今は空き家を探しています。しかしこちらは、なかなかいい空き家が見つかっていないので苦戦しています。

 活動の軸は移りますが、今後とも津奈木町との関係は続けていきます。



―― 最後に、これから地域おこし協力隊を目指す方へ伝えたいことはありますか?


 もし津奈木町の地域おこし協力隊になろうか考えている人がいれば、背中を押したいと思います。津奈木町の地域おこし協力隊は制度が比較的充実していて、環境的にはすごくいいと思います。また、新幹線の駅が近いので津奈木町外との行き来もしやすいです。

 津奈木町はこちらが入り込もうとすれば受け入れてくれる感じがあります。「つなぎ」という名前には、「宿(しゅく)と宿をつなぐ場所」という意味があるという説があるらしいです。そういう語源の話もありますが、実際に住んでみても、人や場所とつながりやすい町だと感じています。

 まずは津奈木町に来て、町の雰囲気を見てほしいです。



―― ありがとうございました。とてもいいお話を聞くことができました。これからも木下さんのご活躍を期待しています。


 こちらこそ、ありがとうございました。


取材・文/くまもと地域おこし協力隊ネットワーク

※記載の内容は取材時(2026年7月)のものです。



津奈木町地域おこし協力隊
木下 祐介(きのした ゆうすけ)
出身:熊本市
着任:2023年8月1日~2026年7月31日退任
所属:つなぎ美術館
任用形態:委託
活動ミッション:住民参画型アートプロジェクト推進

木下 祐介

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